“ホリスティック”(holistic)って何?|ディーピカ流・ハッピーのすすめ

そもそもホリスティックとはなんでしょう?

まずホリスティックという言葉は、whole(全体)という言葉を連想していただければと思います。こちらの語源となっておりますのが、「全体性」を意味する「ホロス(holos)」なのです。

Holisticとは形容詞なので、何かと組み合わせて使われます。例えばホリスティック・メディスン(「全体観的医学」)とか、エデュケーション(「ホリスティック教育」)などがあります。

いずれも、焦点を狭めて集中的にするのではなく、もっと大きな枠を考え、改善をしようとすることを指します。

例えば病気ならば「病巣だけではなく、患者を取り巻く生活環境や経済的事情や本人の経験など」
そして教育ならば「勉強だけではなく、地域や自然との関わりと倫理観も含む教育」

といったようなものです。つまり「ある部分だけを考えるのでなく、影響を与えている全ての要素を全体的にとらえて考える」ということなのです。

日本語では「病は気から」といったりしますよね。

海外では笑いヨガなども流行っていて、笑っていれば免疫力が上がって病気が治ったなどという嘘のようなホントの話もあります。

[そばかすの例]

化粧の例もあります。そばかすを気にしている女性に、そばかすが隠れるような強いカバー力があるコスメを使ってもらいました。彼女のコンプレックスだったそばかすはお化粧のおかげでなくなったのです。すると数週間後、彼女の表情は生き生きとして免疫力が格段に上がっていたそうです。女の子ならその気持ち、理解できませんか?自分のコンプレックスが解消された時、気持ちはワクワクしてなんでもできてしまうような感覚になることってないですか?

このような民間に伝わる嘘のような本当の話。これがホリスティックなものなのだと思っています。

私は人が幸せに生きれるのならば、このような考え方を取り入れてもいいと思っていますし、自己治癒能力に働きかけることは非常にナチュラルで、実感しやすいことだと思っているのです。

何せ今はお金だけで幸せになれる時代でもありません。
病院でお薬をもらったからといって健康になれる時代でもありません。

それを「病んでる」とか「現代病だ」という人もいますが、今こそ考え方を一新し、人はバージョンアップする時代に突入していると考えています。

人は自分のためにもっと洗練されて生きる時代に来ているのです。

今、立ち止まって考えてみませんか?

自由な生活とは?

自由な生活とは自分が選択する生活だと思っています。私は全ての仕事が素晴らしいと思っていますから、ダメな仕事もないと思います。ただし、自分自身に誇りを持てないのだとしたら、会社に行くこと、仕事場に行くことが億劫なのだとしたら・・・・はたまた、自分はここで働いているんだ。と自信を持って言えずに、心がズキンと痛むのだとしたら。それは考え直すべきなのだと思います。

健康が一番

体の調子がいいと、どんな些細なことも楽しいですね。

あれれ、ピンときませんか?

哲学者の「」が「現代人は病気になった時に健康を意識してはいないだろうか」と書籍の中で言っていました。まさにその通りになってはいませんか?

健康というのは最高に素晴らしいことなのです。

病気というものはそもそも警告のサインです。疲れているよ!とか、休んで!とかあなたが気持ち良〜く長く生きるためのサインなのです。

西洋医学的なお薬を飲んでそのサインを捻り潰してしまうより、病気になったらお布団にくるまって日々を振り返ってみましょう。

生活を振り返ってみると睡眠時間が短すぎたり、トイレに行く回数が減ってはいませんでしたか?お水を飲んでいなかったり、お酒が多すぎたりしませんでしたか?

それから、今欲しいものは何?と自分自身に問いかけてみてください。
仕事が忙しすぎる時は誰かに頼ってみませんか?

食べたいものがあるときには、いいのです。食べましょう。
病気の時くらい、自分に優しくなりましょう。

でもほんとは、いつだってそうなのです。
常に自分に優しくなりましょう。これが私が伝えたいメッセージです。

お母さんがしてくれてたこと、お父さんがしてくれてたことを思い出しながら
自分に優しくなりましょう。子供ではない大人のあなたは、あなた自身を愛するべきなのです。

毎日をニコニコのご機嫌にしましょう。
そして100%の自分で日々を気持ち良く生きましょう。

私も・・・

私は簡単に言うと、どちらかというとポジティブな性格です。しかし昔は全く違いました。
物心がついた時からずっとぼんやりとした鬱を感じていて、小学生の時から適応できずにピエロのような生き方をしてきました。どこでも人気者だったのですが、その一方で毎日死にたいと思って生きてきました。いろいろなことがありました。

きっと苦しかったからこそ、今はたくさんの悲しみを理解できます。哲学を勉強した後に、うつやトラウマに関する心理学をたくさん勉強しました。25歳になってから悲しい死を経験し、それから「死」を悲しいと感じるようになりました。今は誰よりも前向きです。きっと私はたくさん考えて、強くなったのだと思います。または、適応できるほどの知性が私を救ったのです。明日がとっても明るくなるような何かを提供したいと思っています。

どうぞよろしくお願いします。

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